チューリッヒの悩みどころ
紀元前十六世紀以来の商(股)の都だったという遺跡を見たが、今は土塁のごく一部しか残っていない。
ふと、「股鑑遠からず」という格言が思い浮かぶ。
翌日は黄河まで車を飛ばし、「黄河公路大橋」を渡ってみた。
八六年にできた立派な石造の橋で、四車線、全長五千五百五十メートル。
対岸が霞むほど長い。
再びもとの岸辺にもどって植樹をしたあと、われわれを待っていたのは、なんと筏による黄河くだりであったり羊の皮をふくらませた浮袋が二十個、その上に板を固定してあるので水面まで五十センチはあり、濡れることはない。
万一のことを考えて救命胴着を着た一行は、五人ずつ分乗して流れに乗った。
水のある部分は広い黄河のほんの一部、数百メートルの幅しかない。
完全な茶色の泥水だから、落ちたらまちがいなく目がつぶれるだろう。
同行の友人から頼まれてシャンソンや小唄、ボート部の歌などを披露したが、黄河の上でシャンソンというのは恐らく空前絶後だろう。
ベテランの漕ぎ子のおかげで、筏はほとんど揺れることもなく泥水の上を滑り、およそ七百メートル下流で上陸した。
土手の上から眺めると、はるか上流からずっと下流のほうまで、泥一色に染まり、魚がいるのかどうかもわからない。
水源地に近いところが澄んでいるとすれば、途中の黄土高原辺りで大量の土砂が流れ込むのだろうか。
植樹はもっと上流でやるべきではないか、と考えた。
一九九九年、北欧四カ国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)の旅で、まず感じたのは、何と清潔なんだろう、ということであった。
ちょうど白夜を迎えるころで、浅緑がひときわ明るい印象を与えたこともプラスしたのだろう。
デンマークでは、Aの国という思いはあったけれども、哲学者のKもこの国の出身、だったことをすっかり忘れていた。
ガイドにいわれて、そうか、学生時代『死に至る病』や『あれかこれか』などの本に、ずいぶんお世話になったなと思う。
ノルウェーでは、組曲『ぺールギユント』で知られるG、フィンランドでは数々の交響曲を残したS、この二人の大作曲家がそれぞれの国の誇りでもある。
ノルウェーの首都オスロで見かけた女性の騎馬警官は、楓爽としていてPのように美しく、優に一幅の絵になった。
その傍らを、若い父親が赤ん坊を乗せた乳母車を押して行くと、数歩後ろから妻らしい女性が、まるで女王様のように堂々と歩いているのが、われわれパス旅行者の微笑みを誘った。
この国では、閣僚の半数は女性なのだ。
北欧の各国には湖が多い。
「どのくらいあると思いますか」とガイドに聞かれ、みんなは適当に「五十」とか「百」と答えたが、「ノルウェーだけで二十万個もあるんですよ」といわれ、一同「ええっ」と飛びあがった。
「森と湖の国」が自慢なのだという。
日本と似ている点をあげれば、森林が豊かで水に恵まれているということだろうか。
自然の情景でもとくに印象に残ったものといえば、やはり氷河とフィヨルド(峡江)だろう。
なかでもノルウェーの北部で訪れた「ブリクスダール氷河」では、谷全体が真っ白い氷に覆われていて、その何十メートルという厚い層の下から、クレバス(裂け目)のなかへ入ってみることができた。
谷間の周囲には、その昔氷河が削り取ったと思われる岩山の壁が、人を寄せつけない直線でそそり立っている。
やがて谷底の港に下りて大きな船に乗り込み、両岸に蛇立する絶壁の聞を進むと、初夏だというのに、厚手のセーターとジャンパーを重ねても、体ががたがたするほど寒い。
規模の大きい「ソグネフィヨルド」では、両岸の幅が二キロと広いところもあるが、わずか数十メートルの狭い地峡もあり、まるで深い谷底の川を航行しているように思える。
高い絶壁から流れ落ちる何本もの滝に目を見張る。
いずれも規模では三大滝と比較にならないが、落差がとても大きいという点では決してひけをとらない。
それに、船の上からゆっくり眺める海の滝には、また格別の趣がある。
ここで、北欧から一転して、地球の南の端ニュージーランドへ飛ぶ。
北欧の旅から三年後に訪れたニュージーランドでも、南島の「ミルフォードサウンド」という海岸でフィヨルドのクルージングを楽しむことができたのだ。
ノルウェーよりも緑が濃く、少しやわらかみが感じられたが、両岸の絶壁から走りくだる滝の眺めは似ている。
狭いところが多いので、滝を眺めるのには都合がいい。
ここでは、常に流れている大きな滝をEと呼ぶのに対して、雨などによってにわかにできたフィヨルドの細い滝は、骨というそうだ。
ニュージーランドでは、氷河でも北欧と匹敵する名所がある。
その典型的なのが、「マウントクック」だろう。
大きな湖の対岸にそそり立つこの山は三七五四メートルだというから、富士山とほとんど変わらない。
遊覧飛行は一人一万七千円取られるが、奮発して乗ってみた。
二十人乗りの軽飛行機は、湖を眼下に見おろしながら上昇し、氷河を蹴るようにして山ひだに入って行く。
やがて、ごつごつした岩山の奥へ回り込むと、裏側にいくつかの白銀の高峰が見えてきた。
そのなかの、一番高いのがマウントクックなのだ。
この辺りになると、もう一面の銀世界で、窓のすぐ下の雪渓は深さ百メートルにもなるそうだ。
ちょっと手を出せば、凍った雪がつかみ取れそうな近さである。
本峰の脇をすり抜けて再び谷間の見えるところまで来ると、真っ白い氷河が湖の手前までつづいているのがよく見える。
氷河の深さは、ちょっと想像もつかない。
絶えず雪崩も起きているそうだから、どんなベテランでも自力で登るのはむりではないかと思われる。
こうして約四十分あまり、南半球における銀嶺の遊覧飛行を堪能した。
さてここで、またも舞台は変わってアメリカ大陸に移る。
一足飛びに飛んだ先は「カナデイアンロッキー」である。
話は数年前にさかのぼるが、アメリカのシカゴから西のソルトレークへ飛び、カルガリー経由で名勝「レイク・ルイーズ」を訪れたときのことだ。
そこからさらに奥へバスで約三時間走ると、「コロンビア氷河」がある。
着いた所からはるかに眺めると、厚さ百メートルではきかない大氷河が、なだらかな谷間の向こうに重なっている。
その上を大型の雪上車で巡回するのだが、その前に私はゆるい傾斜の谷底まで走って面白い標識を発見した。
氷河が年々後退しているという印である。
測り始めたのが一八九O年で、そのころはまだ道路のすぐ下まで氷河はあった。
ところが、二、三十年ごとに氷河は溶けて後退し、今や二キロ先まで行かないとたどり着かないのだ。
この百年間の地球温暖化がいかに激しいものであったかが、これでもわかるではないか。
ピラミッドといえば、だれしもまずエジプトを思い浮かべる。
当然だろう。
数ある世界遺産のなかでも最も古く、最も大きく、そして最も整っているのだから、異論のあろうはずはない。
私も、最初はやはりエジプトのピラミッドを訪ねた。
ただ、ピラミッドはエジプトだけにあるのではなく、ほかのユーラシア大陸やアメリカ大陸にも存在するということは、含んでおいたほうがいい。
さて、エジプトでもとくに有名な三大ピラミッドは、首都カイロから近いので、行きやすい。
まず、市内の考古学博物館で「Tの黄金のマスク」と久々に対面したところから、エジプトの旅は始まる。
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